松山地方裁判所 昭和36年(ワ)83号 判決 1965年2月24日
原告 中予木材株式会社
被告 正岡深志
主文
(一) 被告は、原告に対して、金一四五万円及びこれに対する昭和三六年三月一二日から支払ずみまで年六分の金銭の支払をせよ。
(二) 訴訟費用は、被告の負担とする。
(三) この判決の第一項は、原告において金四〇万円の担保を供するときは、仮に執行することができる。
事実
(当事者の申立)
原告は、主文第一、二項と同趣旨の判決及び仮執行の宣言を求め、被告は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は、原告の負担とする。」との判決を求めた。
(原告の請求原因)
一、原告及び被告は、ともに製材及び材木の売買を業とする商人である。
二、原告は、昭和三五年六月九日、被告から温泉郡重信町大字山之内字黒滝一、〇三一番地山林上に生育する杉・檜一切約一、八五〇本(以下本件立木という。)を次の条件で買受けた。
(イ) 価格 一才につき金三二円
(ロ) 玉詰方法 良心的に柱物はなるべく丈物にするが、小丸太は二間物にすること。元曲物については、一尺未満は延尺して出荷することができるが、才数には含まないこと。
(ハ) 売買代金 金一四五万円とし、内金七〇万円を契約と同時に、残金は昭和三五年六月二〇日に支払う。
三、右契約に基づき、原告は、被告に対して、売買代金として、契約日に金七〇万円を、昭和三五年六月二二日に残金七五万円をそれぞれ支払つた。
四、ところで、本件売買契約においては、買主の原告が本件立木を伐採玉詰した上、当事者双方立会で検収をして、売主の被告が引渡を完了する約束であつた。そこで、原告は、昭和三五年八、九月ころ、本件立木を伐採し、その検収の実施方を被告に申入れたが、被告はこれに応じなかつた。そのうちに右伐木は昭和三六年一月ころまでに全部紛失してしまい、被告の本件立木引渡債務は履行不能となつた。
五、よつて、原告は、本訴をもつて本件売買契約を解除し、被告に対して、先に交付した代金一四五万円とこれに対する交付後である昭和三六年三月一二日から支払ずみまで商事法定利率年六分の金銭の支払を求める。
(被告の答弁)
一、請求原因第一項から第三項を認める。同第四項中原告がその主張のころ本件立木を伐採し、その後被告に検材の申入をしたこと及び右伐木全部が原告主張のころまでに紛失したことは認めるが、その余は否認する。
二、被告は、本件売買契約上の債務を完全に履行ずみであるから、原告の請求は理由がたい。すなわち、
(1) 本件立木は、被告が昭和三五年六月一〇日藤岡良一から買受けて所有権を取得し、その引渡を受けたものであるが、被告は、同月二二日原告から本件売買代金全額を受領すると同時に、原告に対して、本件立木を自由に処分して然るべき旨を申入れ、これによつて、所有権を何ら留保を付することなしに移転するとともに、本件立木を原告に引渡した。従つて、本件売買契約における対価関係に立つ双方の債務はすでに履行を終り、ただ代金の清算関係が残存していたに過ぎない。
(2) 原告は、本件立木の引渡は検収清算終了の時点であると主張するが、代金完済後もなお本件立木の引渡を売主が留保する旨の特約はないし、かかる引渡留保は一般取引の通念にも反する。もし原告が引渡を受けていないとするならば、原告が買受後本件立木を伐採玉詰したことは、いかなる権利に基づくものか、説明に困難である。
(3) なお、被告は、原告の申入れた検収立会を拒んだ事実はない。本件伐木の検収が行われなかつた理由は、一度は、原告の不出頭のためであり、他は、被告が現場に行つたところ、すでに原告が勝手にワイヤーを施設し相当量の材木を搬出していた事実があつて、これを知つた被告の前主である藤岡良一が、原告の不法を問詰して、両者間の折衝が妥結しなかつたためである。また、本件伐木は、藤岡が昭和三六年一月ころ、搬出処分してしまつたのであるが、被告としては、原告との間に本件伐木の保管ないし監視を約したことがないから、もとより藤岡の右行為を避止すべき義務を負うものでない。
(証拠関係)<省略>
理由
原、被告がともに製材及び木材の売買を業とする商人であること、原告が、昭和三五年六月九日、被告から、温泉郡重信町大字山之内黒滝一、〇三一番地山林上に生立する本件立木を、原告主張のような価格及び玉詰方法の約定で買受け、同月二二日までに、売買代金として合計金一四五万円を被告に支払つたこと、そして、同年八、九月ころ本件立木を伐採した上、その後検収(伐採木の容積を算定すること)の実施方を被告に申入れたが、検収が行われないでいるうちに、昭和三六年一月ころまでに、右伐木全部が紛失するに至つたことは、いずれも当事者間に争いがない。
そこで、本件売買において売主の立木引渡債務が右紛失以前に履行されていたかどうかについて判断する。
成立に争いのない甲第一、二号証、証人藤岡良一の証言により成立を認めうる乙第一号証、同証人、証人黒川泰、同竹口薫及び同小泉為五郎の各証言並びに原告代表者及び被告本人の各供述を綜合すると、次の事実が認められる。
(一) 前記山林は、もと和田某の所有であつた。藤岡良一は、昭和三五年はじめころ、右山林及びその上に生立する本件立木を買受けて所有権を取得したが、そのうち本件立木を同年六月六日ころ被告に売渡した。(但し、売買契約書は同月一〇日付で作成した。)藤岡と被告間の右売買の内容は、一応、本件立木の総容積を四六、二〇〇才と見て、代金を一四〇万円と定め、右代金完済後、買主が本件立木を伐採して現地で玉詰(特定間数の用材に切りそろえること)をした上、双方立会つて検収をし、算出された総才数が当初の才数を超えたときは、一才当り金三〇円の割合で代金の追加払をし、その後に買主が右伐木を他に搬出することができるというものであつた。そして、右代金は、同月中に全額支払われた。
(二) 被告は、右売買直後の同月九日、本件立木を代金一四五万円で原告に転売したのであるが、その売買の内容も前項とほぼ同趣旨であつて、右代金額は一応の見積額であり、買主が本件立木を伐採して現地で玉詰をした上、双方立会つて検収をし、算出された総才数に応じて、一才当り金三二円の割合で代金の清算をし、はじめて買主が右伐木を他に搬出できるというものであつた。
以上の認定から考えると、右各売買を通じて、少くとも当初定められた代金を完済することによつて、買主は、目的物をいつでも伐採できる状態になるのであるから、これに対する事実的支配を取得したと見る余地が全くないとはいえない。しかし、買主に対しては、伐採後においても、玉詰(その方法について特約のあつたことは、後に判断する。)の後双方立会の検収を完了しない限り、伐木は搬出できないとの制限がある上、その間に、伐木の管理についての特約、あるいは、取引通念上当然買主側が管理担当者と見られるごとき特別の事情は認められないのであるから、いわば検収のための準備段階ともいえる伐採及び玉詰行為を、買主に許しているからといつて、その時点で、目的物に対する事実的支配が売主から買主に完全に移転したと見ることは早計であつて、右各売買のような立木売買においては、代金額を最終的に確定するという重要な意義を有し、かつ、買主の搬出行為をはじめて可能ならしめるところの検収の完了をもつて、目的物の引渡があるものと解するのが相当である。
そうすれば、本件においては、原、被告間に検収が行われないうちに、本件立木の伐木全部が紛失したのであるから、右紛失によつて、被告の原告に対する引渡債務が履行不能になつたといわざるをえない。
次に、右履行不能が売主たる被告の責に帰すべき事由に基づくかどうかについて判断する。
前記乙第一号証、成立に争いのない甲第六号証、第七号証の一、二、第八号証、乙第二号証、第五号証、前記藤岡、黒川、竹口、小泉各証人、証人山崎謙四郎、同渡部頼明及び同河野武勇の各証言並びに原告代表者及び被告本人の各供述を綜合すると、次の事実が認められる。
(一) 原告は、昭和三五年八月中本件立木の伐採に着手し、同年一〇月中旬ころまでに伐採と玉詰とを完了したが、そのころ被告に対して右伐木の検収の実施方を申入れ、同月二四日ごろこれを実施する運びとなつた。ところで、被告としては、本件立木の前売主である藤岡との間で、検収及び代金の清算が完了していなかつたので、藤岡、被告及び原告の三者が同時に立会つて検収をして、順次引渡を完了するのが便利であると考え、藤岡にその旨を申入れ、約束の日に右三者(原告は、その従業員の山崎謙四郎)が現地に集り、検収を実施しようとしたところ、たまたま、原告が、伐木を搬出する準備のため、伐採した木材約一、五〇〇才を使用してワイヤー(索道)を設備し、若干の伐木を現地の搬出口附近へ移動(但し、現地の山林の外に搬出した事実はない。)していたことと、藤岡と被告間の売買で約束された玉詰方法と原、被告間の売買のそれとがやや異つていて、藤岡にとつて不利であると考えたところから、同人は、右各点が契約に違反すると称して検収の実施を拒否し、その後も三者間に妥協がつかず、検収が行われないまま時日が経過した。
(二) そうするうち、藤岡は、昭和三六年一月ころ、同人と被告間の本件立木売買を解除したと主張して、その伐木をを、原、被告の了解をえることなしに、田中製材所に売却し、同製材所がそのころ右伐木全部を現地から搬出して、これを処分してしまつた。
以上の事実によると、本件伐木の引渡債務が履行不能になつた直接の原因が藤岡の処分行為に基づくことは明らかであるけれども、先に判断したとおり、本来被告は、前売主たる藤岡から本件立木の引渡(検収)を受けることなしに、直ちにこれを原告に転売したのであるから、買主たる原告に対しては、速かに藤岡から本件立木引渡を受けて、これを原告に引渡しうる状態に置くべき義務のあることは当然である(民法第五六〇条参照)のに、これを怠つていた間に履行不能の事態を招いたものであり、特にわずか二、三日後の転売であるのに、前後の売買において、玉詰方法の約定に差異があつたことは、たとい実質的には不当ないいがかりであつたとしても、藤岡にいいがかりの口実を与えた点で、被告の落度であつたといえるであろう。なお、被告は、検収が行われなかつた理由として、原告が勝手にワイヤーで伐木を搬出した点を挙げているが、現地の山林の外に伐木が搬出された事実のないことは、右に認定したとおりであり、また、前記黒川、山崎証人の各証言及び被告本人の供述によると、立木売買において、検収前に伐採した木材を使用してワイヤーを施設することは、通常行われないことではなく、しかも、右使用木材をそのまま検収することも可能であることが認められるから(本件売買において、特に右のような行為を禁じた約定は認められない。)、ワイヤー設備のため伐木を使用したことをもつて、原告が非難されるべきものとは考えられない。
結局、本件伐木の引渡債務が遅延していたことについて、被告の責任は免れることはできず、従つて、被告の責に帰すべき事由によつて、右債務が履行不能になつたものと見るのが信義則にも合致する。
そして、原告が、右履行不能を理由に、昭和三九年八月二六日の本件口頭弁論期日に、被告に対して、契約解除の意思表示をしたことは、本件記録上明らかであるから、原、被告間の本件売買は同日をもつて解除された。そこで、被告は、原告に対して、右契約解除による原状回復として、原告から受領した売買代金一四五万円とこれに対する受領の後である昭和三六年三月一二日から支払ずみまで商事法定利率年六分の金銭を支払う義務がある。
よつて、原告の請求は理由があるから認容し、訴訟費用につき民事訴訟法第八九条、仮執行につき同法第一九六条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 橋本攻 吉川清 山口茂一)